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宇都宮地方裁判所栃木支部 昭和30年(ワ)25号 判決

原告 飯島文雄

被告 飯島富三郎

主文

被告は原告に対し別紙〈省略〉第二目録記載の土地につき贈与による所有権移転登記手続をしなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、次の通り述べた。

一、原告の母飯島テイは、被告を相手方として宇都宮家庭裁判所栃木支部に離婚並びに慰藉料請求の調停申立をなし、昭和二十五年七月二十五日同裁判所において、協議上の離婚がなり同時に右テイと被告との間に出生した次男原告並びに長女シンの親権及び養育監護は右テイにおいてこれを行うこと、被告は利害関係人たる原告に対し被告所有の当時栃木県下都賀郡小山町大字小山字大聖寺所在(現在は小山市大字小山と地名変更)の八〇七番乃至八〇九番の畑合計三反九歩を正規の手続を経た上贈与を受け、その所有権移転登記を履行することを約する趣旨の調停が成立した。

二、然るに被告は、その後前項農地につき、所要の手続をなさないので原告は所轄農地委員会を通じて栃木県知事の許可を受ける一切の書類等を作成し、被告の調印を求めたけれども被告は言を左右にして調印を拒み、且つ又一方前記農地が宅地に適していたので被告はひそかに地目を宅地に変更し他に売却しようと企て昭和三十年二月十七日前記農地の内八〇八番及び八〇九番の土地を八〇七番の土地に合併し、同番を畑三反九歩となし、同日更に同畑を別紙第一目録記載の如く十一筆に分割登記をなした。然して被告は所轄農業委員会の手を経て栃木県知事に対し別紙第一目録記載農地を宅地に変更方の許可申請をなし、同年五月四日同知事より右変更許可を受け、同年七月八日付をもつて別紙第二目録記載の如く地目変更登記をなした。

三、以上の通り被告は本件土地の贈与契約は該土地が農地であつたため所轄旧農地委員会の承認若くは栃木県知事の許可を条件としていたものであることを知りながらこれをなさず、却つて所轄農業委員会の手を経て同知事に対し独断で宅地変更許可を申請し前記日時同知事より右許可を受けたものであつて被告は右同日本件土地の贈与契約の成就を故意に妨げるに至つたものであることは明白である。仍つて原告は民法第百三十条に基き前記贈与契約の条件を成就したものと看做し且別紙第二目録記載の土地は農地でなくなつたから改めて栃木県知事の許可を必要とせず被告に対し贈与契約に基く所有権移転登記手続を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べ、

四、被告の抗弁事実中、(二)の事実はこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを否認する。

尚原告は右(二)主張の如き契約を被告との間に締結したが、これは当時未成年者であつた原告が、法定代理人たる訴外飯島テイの同意を得ずして結んだもので原告は成年者となつた昭和三十年一月二十五日書面を以て被告に対し該契約を取消す旨の意思表示を発し、右書面は同日被告に到達した。仍つて右契約は当初より無効となつたものであると述べた。

五、被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告請求原因事実中、第一項の事実は認める第二項中、原告主張日時被告が原告主張土地の中八〇八番及び八〇九番の土地を八〇七番の土地に合併し、同番を畑三反九歩となし、同日更に、右畑を別紙第一目録記載の如く十一筆に分割登記をなしたこと、被告が所轄農業委員会の手を経て栃木県知事に対し右第一目録記載農地を宅地に変更方の許可申請をなし、原告主張日時これが変更許可を受けたこと及び原告主張日時別紙第二目録記載の如く地目変更登記をなしたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べ、

抗弁として、

(一)  原告主張の如き調停の内容をなす贈与契約は、その契約当時において履行不能を目的とするもので従つて右契約を内容とする当該調停は無効である、即ち右契約の目的たる原告主張の土地はその受贈者たる原告の住所地の区域外にあり旧自作農創設特別措置法第三条により不在地主を認め得ないから仮にこれが所有権移転につき都道府県知事の許可又は旧市町村農地委員会若くは農業委員会の承認申請をなしたとしても右許可又は承認を受け得られないことは必定であり原告は該土地の所有権者たり得ないものである。かかる履行不能を目的とする贈与契約は無効と謂わなければならない。

(二)  仮りに右抗弁事実が理由ないとしても前項贈与契約は昭和二十九年十月四日原被告間において、被告が原告に対し金三万円を贈与することにして原告はその主張土地につき贈与を受ける権利を抛棄する契約をなしたのであつて右同日被告と原告との前記贈与契約は消滅したものである。

(三)  仮に前項掲記の抗弁事実が理由ないとしても、前項掲記の如き契約については、原告及原告の親権者訴外飯島テイにおいて昭和三十年一月二十日右契約を夫々追認したものである。

(四)  仮に前項掲記の抗弁事実が理由ないものとしても、原告主張の如き調停が成立した当時原告主張土地は農地で右調停によれば被告は小作料を原告に支払い従来通り占有耕作することであつたが、今日右農地は市営住宅建設のため宅地とせざるの余儀なきに至り農地が宅地に変更されるに至つたのである、従つて右宅地上に建物が建設され耕作不能の状態となり原告の請求通り無条件に所有権の移転をなせば被告は耕作権に代るべき一切を失ふに至るし、右のような状勢の変化によつて土地の価格も暴騰するに至つた、このようなことは被告において予見せず然も被告の責に帰せない著しい事情の変更であるから、右事由を原因として本訴において調停調書記載の原告主張土地の贈与契約を解除する旨の意思表示をなすと述べ、

原告の再抗弁事実中、原告より主張日時書面を以て取消の意思表示をなし、主張日時該書面が被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。

六、証拠〈省略〉

理由

一、原告の母訴外飯島テイは被告を相手方として宇都宮家庭裁判所栃木支部に離婚並びに慰藉料請求の調停申立をなし、昭和二十五年七月二十五日同裁判所において、協議上の離婚がなり、同時に右テイと被告との間に出生した次男原告並びに長女シンの親権及び養育監護は右テイにおいてこれを行うこと、被告は、利害関係人たる原告に対し被告所有の当時栃木県下都賀郡小山町大字小山字大聖寺所在(現在は小山市大字小山と地名変更)の八〇七番乃至八〇九番の畑合計三反九歩を正規の手続を経た上贈与することの調停が成立したことは当事者間に争いがない。

被告は、右調停の内容をなす贈与契約は、その契約の目的たる原告主張の農地が受贈者たる原告の住所地の区域外となり旧自作農創設特別措置法第三条に所謂、不在地主となるから仮に被告において調停条項に基き当該都道府県知事の許可又は旧農地委員会の承認申請をなしたとしても、これが許可又は承認を得られないことは必定であつてかかる履行不能を目的とする契約を内容とした調停は無効であると抗争するので案ずるに、成立に争いのない甲第一号証と証人飯島テイの証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば右調停成立の際県知事の許可又は旧農地委員会の承認を停止条件として贈与契約をし、被告は遅滞なく知事又は農地委員会に許可又は承認申請手続をなすこと、且又右土地は被告において引続き耕作せしめるとの趣旨の調停であつたことが認められる。そしてなるほど被告主張の如く調停成立当時原告住所地は本件係争土地の所在地外にあつたことは相違ないが、被告において前記調停の趣旨に則り本件農地の所有権移転承認若くは許可申請を所轄旧農地委員会若くは県知事になせばその過程若しくは結果により原告は何等か適宜の処置を講じた上或いは右調停の本旨に添う結果を得られたかも知れないのであるが、原告側の申出にも拘らず被告は右申請に協力しなかつたことは証人飯島テイの証言及び原告本人尋問の結果により認められるところであつて、他に被告の抗弁を肯認するに足る証拠もない。

要するに被告において単に原告が不在地主となることが予測せられるような内容をなす調停だからということ丈で右調停が無効だと云うことはできない。さすれば被告の抗弁は理由がないから採用しない。

二、ところで昭和二十九年十月四日被告が原告に対し金三万円を贈与することにして原告はその主張土地につき贈与を受ける権利を抛棄したことは当事者間に争いがない。

原告は右契約は法定代理人の同意なくしてなした未成年者の行為であるから成年に達した後取消の意思表示をなし該契約は無効となつた旨主張し、被告亦原告及び原告の法定代理人訴外テイは既に原告が成年に達した後である昭和三十年一月二十日被告に対し右贈与権抛棄の行為を追認したから原告主張の取消の意思表示は効果を発生しない旨抗争するので案ずるに、原告本人尋問の結果によると原告は昭和三十年一月十二、三日頃成人式に参加する為東京より母の許に帰つたが、その際右成人式参加方の通知が被告方に来ているかどうかを確かめに同人方を訪れたことが認められるが、被告主張日時頃原告及び訴外テイが被告に対し、前記贈与権抛棄の行為を追認したと認むべき確証はない。この点に関する証人飯島ツネ子同飯島梅吉の各証言及び被告本人尋問の結果はいづれも前認定の原告本人尋問の結果と対比して信用できない。他に被告主張事実を肯認するに足る証拠はない。そうだとすると被告の右抗弁は理由がない。

ところで原告が被告に対し昭和三十年一月二十五日書面を以て贈与権拠棄の契約を取消す旨の意思表示をなし、該書面は同日被告に到達したことは当事者間に争いがなく、証人飯島テイの証言及び原告本人尋問の結果によれば原告が被告との間に原告主張土地に対する贈与契約を抛棄する旨の契約をなした当時原告は未成年者(昭和十年一月一日生)であつたこと、原告は被告より三万円を即時支払うから本件土地を返してくれとの懇請により一度は断つたものの当時資金にも窮していたので軽卒にも被告の申込を容れたこと、原告は原告の法定代理人である訴外テイの同意を得ずして被告との間に右契約を締結したことその後被告は原告に対し右三万円を支払わず、原告の母訴外テイも右事実を知り原告を詰問し原告亦その非を悟り前記取消の意を堅めたことが認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果は信用できない。そうだとすると成年に達した後の原告のなした右取消の意思表示は有効であるから右意思表示が被告に到達したと同時に原告の右取消した行為は当初から無効なものとなつた訳である。

三、被告は更に、本件農地は、市営住宅建設のため宅地とせざるの余儀なきに立到り宅地に変更せられたものでこれは被告の責に帰せざる特別事情の変更があつたのであるから本訴において贈与契約の解除をなすと抗争するので案ずるに、昭和三十年二月十七日被告所有の栃木県下都賀郡小山町大字小山(現在は栃木県小山市となる)八〇八番及び八〇九番の土地を同所八〇七番の土地に合併し、同番を畑三反九歩となし、同日更に同畑を別紙第一目録記載の如く十一筆に分割登記したこと。その後被告は所轄農業委員会の手を経て栃木県知事に対し別紙第一目録記載農地を宅地に変更方の許可申請をなし、同年五月四日同知事より右変更許可を受け同年七月八日付を以て別紙第二目録記載の如く地目変更をなしたことは当事者間に争いがなく、被告本人尋問の結果によれば、本件土地はいづれも住宅地として他に売却せんとして地目変更の許可及び登記をしたことは窺えるけれども、被告の意思に反して宅地に変更を余儀なくせしめられたことの証拠はない。却つて前記認定の事実と弁論の全趣旨を綜合すれば、被告は、原告より前記取消の意思表示を受けながら敢て、急遽本件土地を他に売却すべく企て、その目的を達せんとした事実が看取できるのである。被告は又本件土地上に建物が建設され耕作不能の状態となり原告の請求通り無条件に所有権の移転をなせば被告は耕作権に代るべき一切を失うに至るし、右のような状勢の変化により土地の価格も暴勝するに至つたこれらは何れも被告の予見しない特別事情の変更であるから前記の如く贈与契約を解除する旨主張するが、右主張事実はすべて元をただせば前認定の事実を綜合して明らかな如く被告自らまねいた結果であつて、耕作不能の状態が起り土地の価格が暴勝することは当然予想し得べきことが発生しただけのことでこれを以て今更被告の予見しない特別の事情が発生したとは到底謂うことはできない。他に被告抗弁事実を肯認するに足る証拠はない。

さすれば被告の右抗弁は理由がないから採用に由ないものと謂うべきである。

四、以上の通りとすると、被告は本件土地が前記贈与契約に基き所轄旧農地委員会の承認若しくは栃木県知事の許可を条件として原告に所有権を移転すべきものであることを知悉しながら勝手に所轄農業委員会の手を経て同知事に対し宅地変更許可を申請し昭和三十年五月四日付をもつて同知事より右許可を受けたものであつて、被告は右同日本件土地の贈与契約の成就を故意に妨げるに至つたものであることは明白である。

五、然らば原告が民法第百三十条に基き前記贈与契約の条件を成就したものと看做し、且別紙第二目緑記載の土地は農地でなくなつたから改めて栃木県知事の許可を必要とせずとして被告に対し同土地につき贈与契約に基く所有権移転登記手続を求める本訴請求は理由があるからこれを正当として認容すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 柏木賢吉)

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